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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)148号 判決

東京都北区浮間5丁目5番1号

原告

中外製薬株式会社

同代表者代表取締役

佐野肇

原告訴訟代理人弁護士

尾崎英男

同弁理士

樫出庄治

東京都新宿区新宿2丁目15番2号

被告

農研テクノ株式会社

同代表者代表取締役

木村功

東京都江東区亀戸1丁目35番2号

被告

三和肥料株式会社

同代表者代表取締役

堀江要三郎

静岡県袋井市豊沢767番地

被告

東海化成株式会社

同代表者代表取締役

坊下堅太郎

宮崎市大字赤江字飛江田945番地

被告

宮崎みどり製薬株式会社

同代表者代表取締役

岩切好和

松江市西持田町1071番地

被告

株式会社パイテク中国

同代表者代表取締役

白根正志

高知市萩町2丁目2番25号

被告

東洋電化工業株式会社

同代表者代表取締役

入交一雄

山梨県北都留郡上野原町上野原4713番地

被告

日本ハルマ株式会社

同代表者代表取締役

伊徳行

島根県八頭郡河原町大字水根11番地2

被告

錦生燃料有限会社

同代表者代表取締役

倉持好通

北海道上川郡下川町錦町62番地

被告

下川町森林組合

同代表者理事

佐々木剛

岩手県九戸郡大野村大字大野第70地割2番地

被告

有限会社北部産業

同代表者代表取締役

佐々木重五郎

熊本県球磨郡上村大字上277番地の15

被告

株式会社尾鷹林業

同代表者代表取締役

尾鷹義弘

長野県上水内郡鬼無里村大字鬼無里2552番地

被告

鬼無里村森林組合

同代表者理事

松本武治

茨城県稲敷郡河見町荒川本郷2206-5

バイオカーボン研究所内

被告

秋月克文

被告13名訴訟代理人弁理士

清水猛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第6678号事件について平成4年5月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

2  被告ら

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「有用植物の発芽発根促進剤」とする特許第1250452号(昭和51年2月20日特許出願、昭和59年5月15日特許出願公告、昭和60年2月14日設定登録。以下上記特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、平成3年4月2日被告らから本件特許について無効審判の請求がされ、平成3年審判第6678号事件として審理された結果、平成4年5月21日本件特許を無効とするとの審決があり、その謄本は同年7月1日原告代理人に送達された。

2  本件発明の要旨

木酢液を有効成分として含有することを特徴とする有用植物の発芽発根促進剤

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本件出願前日本国内において頒布されたことの明らかな「木さく液の製法とその活用」1ないし16頁(熊本営林局昭和22年6月1日発行。以下「引用例」という。)には、秋苗代跡作収穫後木さく液をまき打ち返し、翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液をまき約一昼夜後注水播種すると、苗の発育良好で、しかも丈夫であること、畑地に粗木さく液をまき、二、三日放置たがやした後種をまくと害虫の幼虫や雑草が死滅し、作物の生育を盛んにすることが記載されている。

(3)  そこで、本件発明と引用例記載のものとを対比すると、両者は、木酢液を有効成分として含有する有用植物の生育促進剤である点で一致し、該生育促進剤を、前者では有用植物の発芽発根促進剤としているのに対し、後者ではかかる限定がなされていない点で相違するものと認められる。

そして、被請求人(原告)は、前記の相違点に関し、「農学大事典」(株式会社養賢堂昭和50年1月10日発行)853ないし856頁、1295ないし1297頁、1537ないし1538頁(審判手続における乙第1号証。本訴における甲第4号証。以下他のものを含め、単に本訴における書証番号のみを掲げる。)、「基礎植物学」(合名会社裳華房昭和34年4月1日発行)92ないし95頁(甲第5号証)、「解剖図説イネの生長」(社団法人農山漁村文化協会昭和58年1月10日発行)33ないし39頁(甲第6号証)及び「新訂たのしい理科5年上」(大日本図書株式会社平成3年2月5日発行)13ないし17頁(甲第7号証)を提出して、引用例の14頁2ないし3行の「今迄述べた効果以外にその成分のアセトンが持っている空中窒素固定作用を農業に応用して着々とその効果を収めている。」との記載からみて、引用例記載の木酢液を苗代に使用した場合に「苗の発育良好で而も丈夫である」などの作用効果は、木酢液を肥料として使用した場合の作用効果、すなわち、有用植物の発芽発根後の生育促進について示した作用効果であり、そして、甲第4ないし第7号証に記載のとおり、施肥の必須でない発芽発根は肥料と分類上からも作用上からも異なる農薬分野に含まれるものであるから、本件発明は、引用例記載のものと技術的課題(目的)を異にし、同一のものでない旨主張する。

(4)  よって、本件発明と引用例記載のものとの前記の相違点について検討するに、本件発明の明細書の記載によれば、本件発明に係る有用植物の発芽発根促進剤の施用時期を播種前後とし、その施用結果として、実施例3ないし5(比較試験)にて、トマト幼苗、ハクサイ及び稲稚苗を対象とする植物において、発芽発根の生育が良好なものは、同時に、それ以外の草丈、葉数及び生体重も良好であることを示している。一方、引用例記載の粗木酢液についても、前記の如く、播種前後に当る播種前に施用し、苗や作物の生育を良好にするものであるから、本件発明に係る発芽発根剤と同様に、草丈、葉数、生体重などだけでなく、発芽発根の方も当然に促進するものと認められる。また、このことによらなくても、一般に生育良好な植物は、不良なものに比して、発芽発根の促進も良好であるという技術常識に徴しても、引用例記載の粗木酢液が植物の生育を良好にするということは、粗木酢液の殺虫、殺草、肥料効果などいかなる原因によるものであっても、結果的に植物の発芽発根の促進も良好であることを意味することになるものと認められる。しかも、原告の摘示する甲第4ないし第7号証の記載を検討しても、かかる認定を左右するに足る根拠を見出すことができない。

したがって、本件発明は引用例記載のものと同一というべきである。

(5)  以上のとおりであるから、本件発明は、特許法29条1項3号に違反して特許されたもので、同法123条1項1号に該当し、本件特許を無効とすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

引用例及び甲第4ないし第7号証に審決認定の技術内容が記載されていること、本件発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、認めるが、審決は、本件発明及び引用例記載のものの技術内容並びに技術常識の認定を誤り、また、本件発明と引用例記載のものとの技術的課題(目的)の差異、適用範囲の差異及び作用効果の顕著な差異を看過した結果、相違点の判断を誤り、本件発明が引用例記載のものと同一であるとの誤った結論を導いたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、相違点の判断に当り、本件発明に関し「実施例3ないし5(比較試験)にて、トマト幼苗、ハクサイ及び稲稚苗を対象とする植物において、発芽発根の生育が良好なものは、同時に、それ以外の草丈、葉数及び生体重も良好であることを示している。」と認定判断し、他方で引用例記載のものについて「苗や作物の生育を良好にするものであるから、本件発明に係る発芽発根剤と同様に、草丈、葉数、生体重などだけでなく、発芽発根の方も当然に促進するものと認められる。」と述べ、さらに「また、このことによらずとも、一般に生育良好な植物は、不良なものに比して、発芽発根の促進も良好であるという技術常識に徴しても、引用例記載の粗木酢液が植物の生育を良好にするということは、粗木酢液の殺虫、殺草、肥料効果などいかなる原因によるものであっても、結果的に植物の発芽発根の促進も良好であることを意味することになるものと認められる。」と認定判断している。

しかしながら、これらの審決の認定判断は、次のとおり誤りである。

〈1〉 本件明細書の実施例で用いられている木酢液は1000倍ないし10万倍に希釈されているから、このように希釈された木酢液が発芽発根の促進の直接的結果として以外に、例えば肥料のような作用効果として草丈、葉数及び生体重等に影響を及ぼすことは考えられない。

したがって、本件発明の実施例3ないし5の記述は、ただ一般的に発芽発根の促進されたものが草丈、葉数及び生体重も良好となることを示しているのではなく、同一時間で草丈、葉数及び生体重等が無処理区に比べ増大した結果は、すべてごく微量の木酢液成分の発芽発根促進効果に帰せられることを証明しているから、上記の本件発明に関する認定判断は誤りである。

なお、被告らは、引用例記載のものにおいても、木酢液は本件発明と同程度に希釈された状態で使用されており、また、本件発明において木酢液の施用濃度は実施例のものに限定されず、本件発明の実施態様は引用例記載のものと異ならない、と主張する。しかし、引用例には、後記のとおり、「翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液を坪當り二合の割合でまき約一書夜後注水後播種する。」と記載されているのであり、粗木酢液は水の張っていない苗代にまかれ、100倍ないし10万倍に希釈されていない。また、本件発明の特許請求の範囲には発芽発根促進剤と記載されているから、作用効果を有する木酢液の施用濃度には必然的な限定がある。さらに、本件発明は初めて微量の木酢液成分に発芽発根促進の作用効果があることを発見したものであり、明細書の実施例の実験はその作用効果を実証する内容となっているから、被告らの主張は理由がない。

〈2〉 引用例には、粗木酢液の使用態様について、「(イ)苗代に使用する場合」として「秋苗代跡作収獲後粗木さく液を坪當り二合の割合でまき打ち返し、翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液を坪當り二合の割合でまき約一書夜後注水播種する。又ふん尿をまく場合はふん尿に粗木さく液三%をよく混ぜて使用する。」(14頁4行ないし7行)と記載され、その作用効果として「1、ゆりみゝずその他苗代に寄生する害虫が死滅する。2、苗代表土はく離(ドロカナ)が出來ない。3、アオカナが出來ない。4、苗の腐敗その他の病害が發生しない。5、苗に害のあるどじょう、かえるを防ぐ。6、虫害鳥害を防ぐ。7、苗代床面浮遊物無く鏡の如く清浄になる。8、苗の發育良好で而も丈夫である。9、本田移植後の生長も早く丈夫で倒れる事もなく稻熱病等の病害に侵される事がない。10、苗代面の微生物除去については從來の石灰及び硫黄合劑使用と比べると木さく液使用の方が斷然優秀である。」(14頁8行ないし15頁3行)と記載されている。これらの記載中、8以外はいずれも具体的、明確であり、その内容は一般的に述べれば病害虫の防除、土壌の改良等であり、以上の記載によれば、粗木酢液をまくことの目的は、土壌の改良、土壌中の害虫、どじょう、かえる等の除去等にあることは明らかであり、上記の作用効果の記述のうち1ないし7及び10がこのような目的に関連した記述である。

引用例の上記記載を全体としてみると、8の「苗の發育良好で而も丈夫である」ことは、木酢液によって害虫が死滅したり、病害が発生しないなど1ないし7の効果が得られる結果として言及されていると理解すべきである。

また、引用例には、「(ロ)畑作に使用する場合」として「畑地に種子をまく前に地面一体に粗木さく液を坪二三合の割合でまき、二、三日放置たがやして後種をまくと害虫の幼虫や雜草が死滅し作物の生育を盛にする。」(15頁9行ないし10行)との記載があり、この記載に示された木酢液の使用目的は害虫防除、雑草防除であり、「生育を盛にする」のは、明らかに害虫の幼虫や雑草の死滅によりもたらされる作用効果を述べたものであり、それ以上の内容ではない。

そうすると、引用例における「苗や作物の成育を良好にする」との記載は、木酢液を殺虫、除草、土壌改良等の目的で使用した結果として苗や作物の生育が良好となることに言及されているにすぎない。また、引用例記載のものにおいて木酢液を使用する技術的課題(目的)は、除虫、除草、土壌改良等であり、また使用態様も、粗木さく液を直接土壌にまく、あるいはふん尿に粗木さく液3%を混ぜて使用するという内容であり、引用例記載のものにおいて発芽発根が当然に促進すると判断すべき根拠は全くないから、引用例に関する審決の認定判断も誤りである。

〈3〉 また、植物が生育良好であることの原因はいろいろあり、例えば肥料を十分与えたことや害虫、雑草を除去したことにより生育が良好であったとしても、そのことと発芽発根促進とは全く関係がなく、ある植物が結果として他の植物より生育良好であったとしても、その植物が他の植物より発芽発根の促進が良好であったと考える根拠はないから、「一般に生育良好な植物は、不良なものに比して、発芽発根の促進も良好である」という技術常識はないから、この点の審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2

上記(1)で詳述したとおり、本件発明の技術的課題(目的)は、作物の発芽発根促進にあるのに対し、引用例記載のものの技術的課題(目的)は、病害虫の防除、除草、土壌改良等にあり、両者は技術的課題(目的)において異なるのに、審決はこの差異を看過している。

そして、上記のとおり技術的課題(目的)を異にする結果、本件発明は、発芽発根を促すべき環境下で必要とされるのに対し、引用例記載のものは病害虫の防除、除草、土壌改良等を行うべき環境下で必要とされるものであり、次のとおり両環境には実質的な差異があり、本件発明と引用例記載のものとは、適用範囲が異なり、作用効果に顕著な差異があるのに、審決は、これらの点を看過している。

まず、本件発明と引用例記載のものとは木酢液の施用濃度が全く異なる。

すなわち、本件明細書の実施例で用いられている木酢液の施用濃度は1000ないし10万倍に希釈されたものであり、詳細な説明中には「本発明の発芽発根促進剤の施用濃度としては、木酢液の100~100,000倍が好ましい結果が得られる」と記載されているのに対し、引用例では「粗木さく液」がそのまままかれていて、両者の木酢液成分の施用濃度が全く異なる。

また、本件発明と引用例記載のものとは木酢液の施用時期、対象が異なる。

すなわち、本件発明は、発芽発根促進剤であるから、木酢液成分の施用対象は発芽発根をする種子等であり、施用時期も発芽発根の促進を期待すべき時期である。この点について、本件明細書には、「施用時期は、(中略)通常は播種、移植の前後に適用されるのが最適であるが、更に発根活着力の旺盛な健全苗を得る目的で育苗期、あるいは活着後の生育期にも発根を促進し得る。」(本件発明に係る特許出願公告公報(以下「本件公報」という。)3欄12ないし17行)との記載がある。

これに対し、引用例記載のものでは、木さく液の施用対象は土壌であり、施用時期も播種の前である。

なお、被告らは、特許庁の審査基準を根拠に本件発明と引用例記載のものとが同一である、と主張するが、必ずしも法律上根拠があるとはいえず、用途発明において用途が異なっておれば、二つの発明は別発明と評価されるべきである。本件発明は、発芽発根を促すべき環境下で必要とされるのに対し、引用例記載のものでは、病害虫の防除、除草、土壌改良等を行うべき環境下で必要とされるものであり、両環境には実質的な相違があるから、両発明は用途としての適用範囲において区別でき、両者は、同一ではない。

第3  請求の原因の認否及び被告らの主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

〈1〉 取消事由1の〈1〉について

引用例記載のものが、仮に肥料として使用されるのであるとしても、引用例記載のものにおいて木酢液は本願明細書実施例に記載された程度に希釈された状態で使用されているから、本件発明の実施例に記載された木酢液が肥料のような作用効果を及さないとの原告の主張は、前提を欠いており失当である。

なぜならば、引用例には、苗代に使用する際に、坪2合の割合で木酢液を施すことが記載されており、水田は平均10cm以上の水を張っているから、坪当たりの水量は330l強となり、0.36lの木酢液は、917倍強(330÷0.36)に希釈されており、土壌の緩衝作用、水中の微量成分の反応等を考慮すると更に希釈されることになるからである。

また、そもそも、原告は、本件明細書の実施例の1000倍ないし10万倍の記載をもとにして本件発明では極めて微量の木酢液を使用している、と主張しているが、本件発明の要旨には、木酢液の施用濃度は全く記載されておらず、かえって本願明細書の発明の詳細な説明の欄では、「本発明を実施するに際しては、木酢液をそのままか、水で所定濃度に希釈するか、あるいは(中略)通常農薬製剤に用いられる担体に混入あるいは吸着して用いることが出来る。(中略)本発明の発芽発根促進剤の施用濃度としては、木酢液の100~100,000倍が好ましい結果が得られる。また、植物の種類あるいは状況により適宜に薬量を調節し得ることはいうまでもない。」(本件公報2欄36行ないし3欄11行)と記載されており、木酢液の施用濃度は原告主張のようには特定されておらず、むしろ、木酢液をそのまま用いる場合、担体に混入あるいは吸着して用いる場合等が示されている。これに対し、引用例には、(イ)苗代に使用する場合には秋苗代跡作収穫後粗木酢液を坪当り二合の割合でまき、翌春種まき前粗木酢液を坪当り二合の割合でまき、ふん尿をまくときはふん尿に粗木酢液三%を混ぜて使用し、(ロ)畑作に使用する場合には、種子をまく前に粗木酢液を坪二三合の割合でまくことが記載されており、本件発明と引用例記載のものとは使用態様として何ら異ならない。

〈2〉 取消事由1の〈2〉について

引用例に原告主張の各記載があることは認めるが、その余の原告の主張は争う。

引用例において、引用例記載のものの作用効果に関する記述中に1ないし10の事項相互間の因果関係は全く示されていないし、また、木酢液の使用目的が殺虫、除草、土壌改良であるとか、苗や作物の生育が良好となることが木酢液を殺虫、除草、土壌改良等の目的で使用した結果によるとかの記載又は示唆は、全くない。さらに、前記〈1〉記載のとおり、引用例記載のものにおいても本件発明と使用態様が異なることはない。

したがって、誤った主張を前提として審決を非難する原告の主張は失当である。

〈3〉 取消事由1の〈3〉について

植物は発根により根の数を増加し、発芽により芽の数を増加し、数が増加した根、葉、茎、花が増大すれば、必然的に生育が良好となるものであるから、生育が良好な植物は、不良なものに比して、発芽発根の促進も良好であることが技術常識であるとした審決の認定判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

前記(1)〈2〉において述べたとおり、引用例記載のものにおいて木酢液の使用目的が殺虫、除草、土壌改良であるとする記載はないから、引用例記載のものの技術的課題(目的)がこれらにあることを前提にする原告の主張は失当である。

また、発明の同一性を判断する場合、意図する用途が異なっていても用途としての適用範囲(適用手段、適用場所、適用時期等)が実質的に区別できない発明は、特許庁における審査の慣例に従って、同一として扱われるべきである。

仮に本件発明と引用例記載のものとが用途において異なると判断されても、前記(1)〈1〉記載のとおり、本件発明と引用例記載のものとは、木酢液の使用態様(すなわち使用時期、使用場所、使用手段、使用量)が一致しており、適用範囲において区別がつかないため、引用例記載のものには意図の有無にかかわらず、「発芽発根の促進という用途が包含され、両者は同一の発明というべきであるから、両者の適用範囲が異なり、作用効果に顕著な差異があるのに、審決はこれらの点を看過した、とする原告の主張は理由がない。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実、引用例及び甲第4号証ないし第7号証に審決認定の技術内容が記載されていること、本件発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  甲第2号証によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件発明は、木酢液を有効成分として含有することを特徴とする有用植物の発芽発根促進剤に関する(本件公報1欄29行ないし30行)。

最近我国農業は急速に近代化されつつあり、有用植物としての作物栽培技術が大幅に進歩し、農業生産性の向上に大きく寄与している。例えば、水稲栽培における直播栽培技術、あるいは田植作業の機械移植技術等いろいろ開発され普及されている。しかしながら、このような新技術の普及に伴い幾多の問題が指摘されており、特に直播における発芽一斉促進、あるいは従来の育苗方式から機械移植に適合する発根活着力の旺盛な健全苗の育成など発芽発根促進剤の開発は重要な課題となっている。また、畑作物、そ菜類の栽培においては、播種、育苗、定植に当たって発芽発根活着の促進は重要な意義を有する。さらに近年は環境保全のために積極的な緑化事業が実施され、緑化用植物の育成、栽培が推進されているが、この際に発芽発根活着の良否がそのまま緑化事業の成果につながるといっても過言ではない。本件発明は、これらの点に鑑み、植物の発芽発根促進効果を有する薬剤を提供すること(同2欄3行ないし28行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2)  本件発明は、前記技術的課題(目的)を解決するために本件発明の要旨記載の構成(本件公報1欄26行ないし27行)を採用した。

(3)  本件発明は、前記構成により、温血動物あるいは魚貝類に対しても低毒性であり、易分解性で残留毒性もなく、安全性に優れ環境汚染の心配もなく、そのうえ経済的にも極めて安価であり、また、簡便で効果が十分期待でき、発芽発根生育促進剤として極めて有用である(本件公報2欄29行ないし35行)という作用効果を奏するものである。

3  取消事由1について

(1)  取消事由1の〈1〉について

原告は、本件明細書実施例記載の木酢液は1000倍ないし10万倍に希釈されており、また、本件発明の特許請求の範囲には発芽発根促進剤と記載されているため作用効果を有する木酢液の施用濃度には必然的な限定があるから、このように希釈された木酢液が発芽発根の促進の直接的結果として以外に例えば肥料のような効果として草丈、葉数及び生体重等に影響を及すことがないことを根拠に審決の認定判断が誤りである、と主張している。

甲第2号証によれば、確かに、本件明細書には、実施例1、2、5として薬剤濃度1000倍ないし10万倍のものと無処理のものとを対比した試験の結果が記載されている(第1表、第2表、第5表)。

しかしながら、甲第2号証と前記1、2の争いがない事実及び認定事実によれば、本件発明の要旨には、本件発明において木酢液の使用濃度は明記されておらず、むしろ、本件明細書の発明の詳細な説明中には、「本発明を実施するに際しては、木酢液をそのままか、水で所定濃度に希釈するか、あるいは培土、堆肥、ビートモス、腐葉土、炭末、タルク、クレー、パーライト、バーミキュライト等の通常農薬製剤に用いられる担体に混入あるいは吸着して用いることが出来る。また、必要に応じ農薬あるいは肥料などと併用して適用範囲を広くすることもできる。本発明の発芽発根促進剤の施用濃度としては、木酢液の100~100,000倍が好ましい効果が得られる。また、植物の種類あるいは状況により適宜に薬量を調節し得ることはいうまでもない。」(本件公報2欄36行ないし3欄11行)との記載があることが認められる。この認定事実によれば、本件明細書には、木酢液を希釈して使用する際の濃度として、原告主張の1000倍ないし10万倍ではなく、100倍ないし10万倍が好ましいとしつつも、希釈使用に限定しないで原液のまま使用する場合、担体に混入又は吸着させて使用する場合も記載されていることが認められ、本件発明において作用効果を有する木酢液の施用濃度に限定があるということはできず、本件発明の木酢液が当然に1000倍ないし10万倍に希釈されることを前提とする原告の主張は、その前提とすべき事実を欠き失当であるというほかはない。

しかも、他方で、甲第3号証によれば、引用例には、「(イ)苗代に使用する場合 秋苗代跡収獲後粗木さく液を坪當り二合の割合でまき打ち返し、翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液を坪當り二合の割合でまき約一書夜後注水播種する。」(14頁5行ないし6行)との記載があることが認められ、坪当り二合の木酢液が100倍に希釈されるには苗代に1.1センチメートルの深さの水があれば足りる(2×180×100÷180÷180=1.1)が、通常苗代にそれよりかなり深く注水されることは自明のことであるから、春にまかれる木酢液はまかれた後すぐに注水により100倍を相当超える割合に希釈された状態で苗に触れることが引用例に記載されていることが明らかである。したがって、引用例にも、木酢液を本件発明が好ましいとする割合で作物に施すことが記載されているということができ、本件発明が好ましいとする割合にしても、決して本件発明特有のものではないから、いずれにしても原告の主張は審決の違法に結びつかず、失当というべきである。

(2)  取消事由1の〈2〉について

甲第3号証と前記1の争いがない事実によれば、引用例には、木材を乾溜する時発生するガス又は製炭の際出る煙の中の凝縮性部分を冷却すると黒茶色で特異の臭気を持つ液体が得られるが、これを粗木酢液といい、粗木酢液には90ないし95%の水分が含まれており、残りの5ないし10%には有用な酸類、アルコール類が含まれており、その主成分は、酢酸等の酸類、木精(メチルアルコール)等のアルデヒド類及びその変形物、メチルエチルケトン等の塩基類であって、その中で酢酸、木精が大部分を占めているが、木酢液は乾燥すると濃い黒色になり、弱酸性で極めて浸透性に富み他の液体との親和力も大きく、以上の成分、性質の点から用途が非常に広い(1頁2行ないし2頁1行)こと、その用途の具体例として、防腐剤、防臭剤、防虫剤、塗料、染料、外用薬、食品貯蔵剤等の用途がある(8頁ないし13頁)ことが記載され、そのほかに「木さく液は(中略)今迄述べた効果以外にその成分のアセトンが持っている空中窒素固定作用を農業に應用して着々とその効果を収めている。(イ)苗代に使用する場合 秋苗代跡収獲後粗木さく液を坪當り二合の割合でまき打ち返し、翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液を坪當り二合の割合でまき約一書夜後注水播種する。(中略)今迄の多くの實驗の結果では 1、ゆりみゝずその他苗代に寄生する害虫が死滅する。2、苗代表土はく離(ドロカナ)が出來ない。3、アオカナが出來ない。4、苗の腐敗その他の病害が發生しない。5、苗に害のあるどじょう、かえるを防ぐ。6、虫害鳥害を防ぐ。7、苗代床面浮遊物無く鏡の如く清淨になる。8、苗の發育良好で而も丈夫である。9、本田移植後の成長も早く丈夫で倒れる事もなく稻熱病等の病害に侵される事がない。10、苗代面の微生物除去については從來の石灰及び硫黄合劑使用と比べると木さく液使用の方が斷然優秀である。(ロ)畑作に使用する場合 (中略)畑地に種子をまく前に地面一体(「一帯」の誤記と認める。)に粗木さく液を坪二三合の割合でまき二、三日放置たがやして後種をまくと害虫の幼虫や雜草が死滅し作物の生育を盛にする。」(14頁1行ないし15頁10行)との記載があることが認められる。

この記載によれば、引用例には、木酢液は、酢酸、木精のほか多種の化合物からなり、これらの成分を有することから防腐、防虫等の広い作用効果があり、更にそのうえ成分のアセトンに空中窒素固定作用があることもあって、農業に応用されて着々とその効果を収めていること、その具体的内容として、苗代に使用すれば、害虫死滅、病害防止等のほか、「苗の發育良好で而も丈夫である」との作用効果があり、畑作に使用すれば、害虫の幼虫や雑草を死滅させるとともに、「作物の生育を盛にする」との作用効果があることが記載されていると認定することができ、木酢液は、多種の成分が含まれている結果その防腐、防虫等の作用と空中窒素固定作用とがあいまって、苗の発育を良好にし、作物の生育を盛んにする効果があることが引用例に記載されていることが明らかである。

原告は、引用例の上記記載のうち苗代に使用する場合の作用効果に関する1ないし7及び10の記載が木酢液をまくことの目的に関する記述であり、同8の「苗の發育良好で而も丈夫である」ことは、同1ないし7の作用効果が得られる結果として言及されており、畑作に使用する場合の木酢液の使用目的は害虫防除、雑草防除にあり、「作物の生育を盛にする」との作用効果は、害虫の幼虫、雑草の死滅の結果もたらされるものであり、引用例記載のものにおいて発芽発根が当然に促進すると判断すべき根拠はない、と主張する。

しかしながら、引用例の木酢液を苗代及び畑作に使用する場合の作用効果に関する上記記載を詳細に検討しても、苗代に使用する場合の上記1ないし10の記載は全く対等に併記されているというほかはなく、畑作に使用する場合の害虫防除、雑草防除と「作物の生育を盛にする」の記載も並列して記載されていると理解することができ、これらのうちいずれかの記載が他の記載と目的と結果の関係にあるということはできないし、木酢液の作用に関する記載をもあわせて考えると、原告の主張は前提において失当である、といわなければならない。

そして、本件発明と引用例記載のものとが木酢液を有効成分として含有する有用植物の生育促進剤である点で一致し、その生育促進剤を本件発明では有用植物の発芽発根促進剤としているのに対し、引用例記載のものではこのような限定がされていない点で相違することは、前記のとおり当事者間に争いがないが、甲第8、第9号証、乙第1号証によれば、小倉謙監修「増補植物の事典」(株式会社東京堂昭和43年8月20日増補初版発行、昭和52年5月1日増補8版発行)には、「生長 植物が種子から発芽し苗となり、成熟して開花結実にいたる過程である。生長は形態の増大と諸器官の形成による形態変化、すなわち分化の二面からなっている。(中略)生長経過においては外界からいろいろな物質をとり入れるので、一般には生量および乾量の増大がおこるが、種子の発芽時(中略)には、生量は増大する(中略)。生長はいろいろな代謝作用が緊密な関係を保ちながら、しかも環境条件と相互に作用しながら調和して行われた総合成果である。(中略)同化生産物は分配されて各器官の呼吸材料、新葉、茎、根および花、果実の構成材料となり、一部は貯蔵物質となる。植物ではこの分配が調和して行われているが、その機構については(中略)やっとわかりはじめたばかりである。各器官の協調のとれた生長の原因についての研究は、オーキシン類などの植物ホルモンが発見されてから相当進歩した。植物ホルモンは酵素と同様に小量で作用をおよぼすが、生長部で消費される点が異なっている。(中略)植物ホルモンの作用機構についてはまだわかっていないことが多い。(中略)植物の生長は細胞が分裂して数が増加する分裂生長と、一つの細胞が大きくなる伸長生長とに分れる。(中略)分裂生長は茎や根の先端や茎根の形成層においてさかんに行われる。植物ホルモンは伸長生長にも分裂生長にも作用をおよぼす。」(249頁右欄31行ないし251頁6行)と記載されていること、増田芳雄ほか共著「植物ホルモン」(株式会社朝倉書店昭和47年3月15日再版発行)には「“植物の生長は生長素(現在は一般に植物ホルモンと呼ばれている)なしには起らない(中略)”とWentが1928年に指摘している。ここでいう“生長素”とは特にオーキシンを指しているのであって、広い意味での“植物の生長”とは植物の発生、分化などの質的および量的な、植物体に起こるほとんどあらゆる変化を指している。(中略)植物の生長はもろもろの内的および外的要因によって調節されており、“生長素”あるいは“植物ホルモン”だけが植物の生長を調節しているとはもちろんいうことができない。しかし、Wentが意味したことは、それほどに“植物ホルモン”が植物の生長現象に重要な役割を果しているということである。現在われわれが知っている“植物ホルモン”は比較的簡単な有機化合物であるにもかかわらず生長というような複雑な生命現象を調節しているところにも生長調節機構のおもしろさがある。」(1頁3行ないし14行)との記載があること、原告は、平成2年11月13日付文書により、本件発明に係る特許権を有することを理由に、植物生育促進の目的で木酢液又はそれを有効成分とする製品を販売している者に対し特許権侵害の警告を発したことが認められる。

これらの認定事実によれば、植物の生長が植物の種々の代謝作用と環境条件との相互作用した総合成果であり、植物の生長には根、茎の先端等における分裂生長と細胞が大きくなる伸長生長とがあり、植物ホルモンの作用機構の多くはまだわからなかったとはいえ、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用するものであることは、本件出願当時技術常識に属し、当業者であれば、植物ホルモンとして植物の生長促進作用のあるものは分裂生長をも促進する作用があり、逆に植物ホルモンが発芽発根促進作用を有するならば、植物の分裂生長とともに伸長生長をも促す作用を有し、結局広く生長促進作用を有することを当然に理解できたということができ、現に、原告も、本件特許の設定登録後に植物生育促進の目的で木酢液を販売することは「木酢液を有効成分として含有することを特徴とする有用植物の発芽発根促進剤」を要旨とする本件発明の特許権を侵害すると判断していたことが明らかにされている。

(なお、甲第9号証によれば、アメリカ植物生理学会において植物界の生長調節物質の命名法について提案が行なわれ、「植物ホルモン」の語について上記と異なる用語法が提案されたこと(2頁13行ないし3頁7行)が認められるが、この提案は必しも植物学者たちの賛同を得ているとは限らず、植物学者は一般に“植物ホルモン”という表現を用いていること(3頁8行ないし15行)も認められ、上記のようにいうのに妨げはない。)

以上によれば、当業者であれば本件出願当時の技術常識から、引用例の「苗の發育良好で而も丈夫である」こと及び「作物の生育を盛にする」ことの記載から、引用例記載のものが、植物の分裂生長を促す作用効果をも有し、有用植物の発芽発根促進の作用効果をもたらすことを十分読み取ることができたということができる。そうすると、引用例記載粗木酢液が本件発明に係る発芽発根剤と同様に発芽発根をも当然に促進すると認めた審決の認定判断に誤りはないというべきである。

(3)  取消事由1の〈3〉について

原告は、「一般に生育良好な植物は、不良なものに比して、発芽発根の促進も良好である」との審決の判断は、技術常識に反し誤りであると主張する。

しかしながら、審決の当該判断部分は、審決の傍論部分であって元来審決の結論に直結しないものであるところ、前記(1)及び(2)において検討したところと後記4において検討するところによれば、本件発明は引用例に記載された発明と同一というべきであるとした審決の認定判断は正当であるから、原告の主張は、その内容を検討するまでもなく、失当である。

4  取消事由2について

(1)  まず、原告は、本件発明と引用例記載のものとは技術的課題(目的)を異にする旨主張する。

しかしながら、前記2記載のとおり、本件発明は、植物の発芽発根促進効果を有する薬剤を提供することを技術的課題(目的)とするが、前記3の(2)における認定事実及び検討の結果によれば、引用例記載のものにおいて木酢液の作用効果は、病害虫の防除、除草、土壌改良のみでなく、苗の発育を良好とし、作物の生育を盛んにすることにも及んでおり、他面からみれば、これらの全体が引用例記載のものの技術的課題(目的)とされているといって差支えなく、本件発明と引用例記載のものとは技術的課題(目的)を共通にしていると判断されるから、審決に技術的課題(目的)に関する看過はない。

(2)  そして、前記3の(1)において検討した結果によれば、本件明細書には、木酢液を100倍ないし10万倍に希釈して使用することが好ましいとしつつも、希釈使用に限定しないで原液のまま又は担体に混入若しくは吸着させて使用する方法が記載されているのに対し、引用例にも、木酢液を原液のまま施す場合のほか、本件発明が好ましいとする割合で作物に施すことが記載されていることが明らかにされており、本件発明と引用例記載のものとにおいて木酢液の施用濃度は重複しているのであるから、両者の木酢液成分の施用濃度が全く異なるとの原告の主張は、理由がない。

(3)  また、前記3の(2)の認定事実によれば、引用例には、苗代に使用する場合として、苗代作業の際に苗代に粗木酢液をまき、注水後に播種すること、畑作に使用する場合として、種子をまく前に畑地の地面一帯に粗木酢液をまき二、三日放置耕して後種をまくことが記載されているのに対し、甲第2号証によれば、本願明細書には、「施用時期は、有用植物を播種、移植時など速かに発芽発根活着を期待すべき場面で、通常は播種、移植の前後に適用されるのが最適であるが、更に発根活着力の旺盛な健全苗を得る目的で育苗期、あるいは活着後の生育期にも発根を促進し得る。また、施用に際しては、有用植物の種子に処理して播種するか、あるいは播種前後に培土に混合してもよい。また、苗を移植する前に予じめ土壌に処理するか、植穴に混入するか、あるいは移植後株元に処理すればよい。生育期においては、株元、中耕、土寄せ時に施用する。このように栽培形態により適宜の方法をとることはいうまでもない。」(本件公報3欄12行ないし25行)と記載されていることが認められる。したがって、引用例記載のものにおいても本件発明においても、木酢液は、播種の前後に苗代、畑等の場所において有用植物の土壌に施用することが記載されており、しかも、本願明細書には栽培形態により適宜の方法をとりうることが記載されているのであるから、本件発明と引用例記載のものとは木酢液の施用時期、場所、対象が共通しているというべきであり、これらが異なるとの原告の主張は、失当というほかはない。

(4)  以上のとおり、本件発明と引用例記載のものとは、施用濃度、施用時期、施用場所及び施用対象が共通であって、適用範囲においても区別できない関係にあるから、この面からも用途が同一であるというべきであり、両者の適用範囲が異なるのに審決はこれを看過したとの原告の主張は理由がない。

なお、原告は、本件発明と引用例記載のものとは、作用効果に顕著な差異があるとも主張している。しかしながら、前記3の(2)における検討の結果によれば、引用例には、苗の発育を良好にし、作物の生育を盛んにする作用効果があることが記載されていること、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用して広く生長促進作用を有することが本件出願当時技術常識であったことが明らかであるから、当業者であれば、引用例記載のものには分裂生長を促す作用効果と伸長生長を促す作用効果とがあり、当然に発芽発根促進の作用効果もあると理解できたというべきである。したがって、本件発明の作用効果を顕著なものということはできず、上記の原告の主張も失当であり、審決に作用効果の差異の看過はないというべきである。

5  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

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